お店の人は知らんぷり

若いから給料が上がらない

およばれして、お友達の誕生会に行くのですが、いママもいます。面倒なのかもしれませんし、個人の自由だし、きっとおうちでお祝いしているのかもしれません。でも応、カナダではあまり見かけない光景です。大人になっても、いくつになっても、こちらでは誕生日はお祝いするものなので。ある母一人、子一人の日本人シングルママは、誕生会に関して、うちは散らかって汚いから、人なんて呼べない、というのが口癖。カナダ人は暇さえあれば庭木

その費用を下げて

その為なのか、彼女の一人息子が我慢して、誕生日は祝わなくていい、と言っている模様。性格なのか?しかし、彼のカナダ人おばあさんが祝ってくれる事は、楽しそうに話すのです。それでサプライズなんですが、一度その子の誕生会を、うちでやってあげた事がありました。私がその親子をうちに呼んで、密かにケーキやお菓子、飲み物を用意し、部屋を飾り、ギフトまであげました。やはり、その子供はとても喜んでいて、やってあげてよかったなと思いました「しかし、毎年やってあげる訳にもいかず…」。


日本でもできる試験勉強ではなく
日本でもできる試験勉強ではなく

別々で考えてみるといいですよね

英語になったりこうして、少しずつだが、カナダ·ウエストとカナダ·イーストが形として表れるようになっていく。1840年。分離されていたアッパー·カナダとロウアー·カナダが一つなったことで、フランス人が多い西、その他の白人ばかりの東、という形に整い始めたのがこの時期である。アメリカ合衆国との関係はどうだろうか。ワシントンからの提案を蹴ったカナダ植民地は、独立戦争が成功したアメリカ連邦から直ちに侵略戦争を仕掛けられている。最初の一回はジャブ程度だったが、二回目はかなりの攻撃だった。しかし全体としてみると、ジョージ·ワシントンはそれほど本気になっていなかったように思える。彼はそのほとんど元来いか?そんな風に思えるほど行き当たりばったリな侵略戦争で、すべてが尻つぼみで終わっている。彼は、成立間もなし、連邦内のガス抜きとして、この戦争を利用したのではなしかし、南北戦争後に訪れた産業革命と農地拡大で、急速に力を付けたアメリカ合衆国は、再度カナダを併合しそうな勢いを持つようになった。すでに経済圏としてはカナダ植民地はアメリカ合衆国内に取り込まれていた。とくにカナダ·ウエストの経済はアメリカ合衆国なしでは成り立たなくなっていた。このままではカナダは、なし崩し的に西側からアメリカのものになると英国議会は危惧した。

が求められることが多いですが

映画館やショッピングモール、クラブ、バー、レストラン、コーヒーショップ、大きくて綺麗な図書館、時には有名なバンドや歌手がやって来てコンサート、そんな楽しみも必要ですね。習い事も、ほとんどのものは出来ます。でも、逆にそれが多くなりすぎて大都市になってしまうと、自然にアジア人、日本人の数も増えていきますので、トロントやバンクーバーのように、英語学習的にはちょっと不向きな場所になってしまいます。そんな意味でも、ハリファックスは、ちょうどいい、場所なのです。5真剣な留学生が多いこと。ハリファックス専門の留学エージェントをやっていて嬉しいこと。それは、こんな話を聞くことです。ハリファックスにある語学学校EastCoastSchoolofLanguagesの先生から聞いた話です。


私達のように
私達のように

英語学習にもとてもプラスになりますよ

ある日の金曜日の午後、語学学校ECSLの生徒さんたちは、バスに乗って課外活動へ出かけました。ハリファックスから少し離れたペギーズコーブという灯台です。参加した生徒さんたちの国籍も豊かで、総勢30人くらいの参加者の中に7~9か国くらいの国籍があったそうです。学校の外ですし、授業後ですのでみなさんリラックスした様子で、だんだん同じ国出身の生徒さん同士で、自分たちの国の言葉を話すようになってしまったそうです。中東からの生徒さんたちはアラビア語、韓国からの生徒さんたちは韓国語といった感じです。英語情報サイトの増加増え続ける外国人