そういう庭付き一戸建て

住みながら自宅をお金にできる法

つまり、DKへの移行をスムーズに推し進めることができたのは、台所と食堂を強く結びつけるハッチの存在があったからと思えるのだ。そういう意味で、ハッチは、文字通り台所と食堂の間に立ちはだかっていた壁に穴をあけたのだと考えている。
さて、このDKは、戦後に創設された住宅公団が供給する住戸に取り入れたこともあって、急速に普及することになる。そして、住宅公団ではDKという新しい生活スタイルを魅力的なものとするためにいろいろな創意工夫を施した。そのひとつが、ステンレスのピカピカと光り輝く流し台である。それまで普及していた人造石研ぎ出しによる流し台と比べると、その輝きはまさに未来の豊かさを予感させるものだった。また、食事用のテーブルと椅子も極めてモダンなデザインのものだった。こうした公団の努力の甲斐もあって、台所は食事の場を飲み込んだ形で生まれ変わったのであるじんぞうせきとだ
rayではなく食空間にDKの普及に伴い、DKをさらに家族団欒の場をも飲み込んでLDKに肥大化させていこうとする試みも行なわれた。一方、そうした試みは既に見たように居間という空間、そしてまた、そこで営まれる団欒という行為が曖昧になり始めたことによる反動として生じたものともいえる。
家族そのものも曖昧な気もするが、誰でもが認める団欒とは、家族がみな揃うことといえる。そういう庭付き一戸建てとりあえず、話題もなくただ一緒の空気を吸っているだけだが、一緒にいることで得られる安らぎは、何ものにもかえられないものである。やはり、家族の揃わない居間よりも、たとえ短な一時の時間であっても普段自然に顔を合わせる食事の時間が極めて有効な団欒と思えるのである。いわば、食事こそ、現在のわれわれにとっての団欒行為といえるのだ。その意味では、食事の場や、食事の場を兼ねた台所こそ家族が家族であることを確認し得る場といえるのだ。
DKの普及により、家族の絆は食事行為と密接な関係が築かれたといえる。食事を抜けば、単に体力が確保できずに栄養不良になるだけではなく、家族の団欒の確認の欠如や愛情の欠落となる。そういう意味から、私は、台所兼食堂をDKというよりより広く食空間と称すべきと思うし、現在の住まいの中でもっとも大切な場であると考えているのだ。

  • マンションがどんな地震対策を講じている
  • オフィスビルのプロトタイプを提出した建築
  • 住宅に免震装置の採用は行ってきません

部屋のレイアウトの場合暮らしをするとき大切

台所がなかったらただ、台所が将来住まいの機能から外れる可能性だって持ち合わせている。たとえば、戦前期の新しい住まいの追求の中で、台所のない住まいも提唱されたことがある。各住宅が台所を持つのは不経済であるとして、いくつかの住宅が集まって共有の台所を設け、順番に炊事を担当することにより、女性が家事から解放されることができるという提案であった。
久保加津代氏によれば一九三0年、『婦人之友』ではグループ住宅というユニークなテーマの住宅設計競技を行なっている(『女性雑誌に住まいづくりを学ぶ』ドメス出版、二00二年)。その競技設計のテーマは、近隣の人々が共同で合理的で経済的な生活を行なうことであり、たとえば「一軒一軒で不完全な台所を持つより、皆が共同して一つの立派なものを作りたい」というものであった。
その提案は様々であったが、その中でも興味深い提案は、久保松枝案で、六軒の住宅の中央に台所はもちろんのこと浴室や洗濯場や幼児の遊び場としてのサンルームなどを備えた共同建物が用意されている。
家はあくまで理想
完全に各住まいから台所を取り除いたものではないが、一戸建ての住まいながらも、共同生活を追求した提案であった(図35)。

また、戦後の一九四七年の『婦人之友』誌上に四人家族のグループが提案されている。四つの住戸には台所も浴室もなく、中央に配置された共同施設を利用して生活を行なうという提案であった。それは終戦直後の物資不足の中における理想を求めた住まいの提案といえるかもしれない。
一方、こうした考え方を、実際に実践したのが『婦人之友』の編集·発行を行なっていた羽仁夫妻である。羽仁夫麸は、一九二0(大正九)年に自由学園を創設したことで知られるが、池袋に開設した自由学園の校舎群が手狭になり、昭和初期に南沢に新たなキャンパスを開いた。それとともに、学園の周囲に教職員や生徒の父母たちとともに学園町をつくり、羽仁夫妻も住まいを南沢に移している。
住まいには台所は設けたが、一時期、近所の人たちと生活の合理化をめざして、順番に数家族の食事を準備し、食事も当番の住まいで一緒に摂る生活を実験的に試みている。インテリア照明として

修繕委員会という

その目的は、家事労働から女性を解放することにより、社会進出を可能にさせようとしたのである。この方法を取り入れることで当番以外の日には主婦たちは調理から解放されたという。

コーポラティブハウスの可能性こうした試みは、現在のコーポラティブハウスの精神に相通じているように思う。すなわち、気の合う人たちが集まって共同生活を営むことをめざした住まいでも、ただ一緒に住むだけの住まいを超えるために共同施設を用意する例もしばしば見られた。そのような場合は、お互いの共有の生活時間を持つために、食事を一緒に摂ることが試みられた。すなわち、各住戸には台所はあるが、同時に共通の施設としての共同の台所と食堂があり、一緒に食事をすることが求められたのである近年、増えつつあるシェアリングハウスでは、一つの台所を数人が共有する生活が試みられている。
一方、戸建て住宅では調理を趣味とする男性が増え、休日になると腕を振るって家族や友人に振舞うといったことも見られるという。
そういう趣味の場を兼ねた台所は、設備も本格的で、特に中華を得意とする人は火力の強い設備を求めるという。いわば、趣味という遊びの要素を持つ台所も増え、家族の団欒はもとより友人たちを巻き込んで団欒の中心となっているのだ。インテリア照明として

インテリア照明として

こうした動きを反映し、文字通り、台所を中心に各部屋が配置された間取りも出現している(図36)。さらには、屋外の台所として、住まいの庭先やテラスにはバーベキューの設備があったり、マンションのテラスにもバーベキューの設備の施されたものなども見られる。
まさしく、台所は間取りの鍵となっているのだ。

男の空間、

女の空間はどこに消えた
人を人たらしめる接客文化かつて、世界的に著名な文化人類学者であるレヴィ·ストロースが、人間と他の動物との違いのひと一般に、と述べていたという。
つに自らの住まいに他人を導き入れるという行為があるいに他人を導き入れることを接客行為と呼ぶ。
自分の住ま眠ったり、食べたり、あるいは、排泄行為は、それこそ、生命を維持していく中で必然的に行なわざるを得ない行為であるのに対し、接客行為は一見すると生きていく上で必ずしも必要とは思えないもののようでもある。しかし、この接客という行為をよく考えれば、単に人を招き入れるだけではなく、そこにはもてなすという重要な行為が付随する。そのもてなす行為は、食事だったり、楽しい会話であったり、あるいは、音楽や劇などといったこと、室内のしつらえや庭の整備といったことも含まれることになる。


そういう庭付き一戸建て 建築のみが放つデザインの強度に魅了される マンションライフを送れる