価格ダウンの方法を建築

家なんていらない

これに、男女共用で用いる部屋があった。ところが、今日の住まいでは、こうした男の空間、女の空間というものが消えてしまったように思う。
戦前期の上流層の住まいを眺めていると、喫煙室といった部屋やビリーヤードルーム、更には、温室といった興味深い部屋がよく見られる。喫煙室、すなわち、シガールームでよく知られるのは旧小笠原邸(図42)。客間に続く小さな部屋だが、部屋全体がイスラム調の重厚なデザインでまとめられている(図43)。

この部屋こそ、夫婦で招かれた会食会が終わった後、妻と離れてようやく許された喫煙を行なう場である。それは、まさしく、男の空間であり、男だけが集まって女性の話に盛り上がった部屋といえるだろう。ビリーヤードルームでよく知られるのは、J·コンドルの設計した旧岩崎久弥邸(図44)や旧古河邸だろう。また、書斎では、旧細川侯爵邸や旧前田邸、旧朝香宮邸などが知られる。それがわかりません間取旧朝香宮邸では11階に殿下の寝室、居間、書斎、そして、その横にはさらに書庫が並んでいる(図45)’
これらを見ていると、男が男として凜としていた姿を思い浮かべる。女も女の空間で凜としていた様子がうかがえる。そうした空間は1間取りでは場と称すべきか-確かに、男がハレの場、女がケの場、というように女が男よりも下位のものとして低く見られていたことは確かだが、それぞれの役割を担っていたのだ。これらの男の場、女の場の意味は、現在の個室化の中で浸透している個人だけの場としての個室とは根本的に異なるように思う。
誰にも知られず誰にも邪魔されない自分だけの場としての個室?それは、単なる逃げ場でしかない。
しかし、かつての男の場、女の場は、他人に見せることを強く意識していたのだ。それゆえ、そこには自らの存在をはっきりと表現することが求められていた。まさに、隠れる場ではなく、自己主張を行なう場であったのだ。

住まい方にその人となりが表われるバブル期に、ハウスメーカーはもちろんのこと、建築家の手掛けた住宅においても、ホビールームを設けた住宅がブームとなった。

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  • 建築診断士になれる

住まいのそばであれば新しい

そして、それらの部屋を確保するために、いは、逆に屋上を利用することが提案されたのである地下室を設けることや、あるたとえば、地下室は、大きな音などを出しても防音が可能であるため、好きな音楽を聴いている部屋とか、暗いという特性を生かしてビデオルームにしたり、また、自由に日曜大工ができる部屋といった提案、屋上は日光浴の部屋だったり、夜に星を観察する部屋だったりと、まさに趣味を満喫するための部屋の提案であったしかし、大半は秘密の部屋的な意味合いが強く、他人に見せる部屋という設定はほとんどなかったように思う。こうした提案が程なくして消え去ったのは、やはり、その存在を隠した個室的な使い方を設定したことに起因しているように思えてならない。
他人に見せるという行為を通じて、初めて文化が生まれる。それに比べて、現在の個室文化は、誰にも知られたくない自分だけのものとしての個室である。それゆえ、そこは何でも許される場と化しており、極端な例で言えば、一年間掃除をしたことのないゴミ溜めのような部屋さえ存在する。さらに、そうしたことが敷衍して家中ゴミだらけの場と化している家さえ見受けられるふえん私の個人的な好みかもしれないが、ゴミ溜めのような部屋や家は嫌いだ。そもそも健康的に見えないし、心身が病んでバランスが取れていないように思える。いわば、住まい方にはその人となりが良くも悪くも表われてしまうのだ。
家に住みたいに比べて
やはり、人がそこに介在し、また、人を迎えてもてなすという気持ちがあれば、そうした単なる私的な場としてのだらしなさは調整され得る。接客が文化たる所以だ。

住まいは単なる個人の所有物ではない最初に述べたことに戻ってしまうが、やはり、住まい-家族や生活ーを維持するには、それなりの覚悟とプライドが必要と思う。家に人を招くことは、それなりに自分や家族の趣味はもちろん料理の腕やインテリアの知識の度合い、さらには、家族関係の親密さや教育観といった様々なものが知られてしまう。いや、さらけ出さなければならなくなる。
当然ながら、そうしたことをさらけ出さなくてすむほうが人生、楽に決まっている。そのため、友人たちや地域の人々との関係を疎遠にして閉じてしまうと、家族の間にもそうした疎遠の溝ができたり逆に、過剰に強い絆で結ばれてしまいお互い独立できない関係に至ってしまう危険性がある。建築基準法に従って

マンションの場合は構造上

そうした危険性を逃れるためには、やはり、自らの生活をさらけ出し、他の批判を受ける覚悟が必要なのだ。そのさらけ出す場が、接客の行為の場のように思う。接客といえば、硬く古めかしく思うが少し緊張するのは、自らをさらけ出すための通過儀礼なのだ。
自らの存在を、単なる個人の存在とするだけでなく、より客観的な存在とするためには、これまで捨て去ろうとしてきた接客という機能を、もう一度、住まいに取り戻すことが必要なのだ。それによりようやく、現在のわれわれの住まいは、単なるねぐらから、文化的な住まいに変わることができるように思える。
現在の建築家の手掛けたモダンな住まいを見ていても、なかなか客間に出会うことがない。それでも、なかには伝統的な座敷を崩しながら現代の生活の場として蘇生させようとする試みなどに出会うことがある。また、客間のような専用の部屋ではなく、ホームパーティーなどを積極的に行なうために、居間のテラスを大きく取ってバーベキューなどの設備を設けた住まいなども見られる。また、少しずつ定着してきたホビールームなどを開放して、客と共に楽しむ場とするような試みなど、新しい接客行為の提案が今後大いに求められるのではあるまいか。
客間と称された接客の部屋は、戦前·戦後という時間の中でいじめられ、ついには消滅の危機を迎えてしまったように思う。建築基準法に従って

建築基準法に従って

しかし、住まいは、この他人を導き入れる接客という行為によって社会との接点を持ち得ていたのだ。それゆえ、住まいは単なる個人の所有物ではなく、社会に対して個性を表現したものとしての社会的存在物であったのであるこの社会的存在物は、社会に対しても責任を持つことになる。醜いものは批判されるし、一般通念という社会的コードを守りながら存在する義務が伴うことになる。逆の言い方をすれば、今日、住まいは個人の所有物でしかなくなりつつある。そういう中で、住まいが社会性を保つことは、明確な社会的コードを作成する必要があるということに他ならない。

大人が入れない

模範的な家庭のあり方とは一九一五(大正四年五月一日から六月下旬まで、現在の東京新聞の前身であった国民新聞社が創刊二五年目の記念として、家庭博覧会の開催を決定した。


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