家の中にモノを置くスペースも必要がなく

建築は装飾された小屋の方がふさわしいという

ひとりになれる最後の逃げ場

男たちのひそかな抵抗のっけからあまりきれいな話ではないが、住まいの中でどこが一番落ち着くかと聞かれれば、私の場合は、それはトイレ(便所)。トイレに入りながら新聞を読むことが、一番ホッとする行為なのだ。ただ家内からは、新聞を後から読む人の身にもなって!と、トイレへの持ち込みは固く禁じられている。
しょうがないので、新聞の代わりに本などを抱えて入るが、やはり、トイレには新聞がよく似合う。
一方、私はさすがにやらないが、同僚であった美術史の先生は、低血圧気味ということもあってお風呂で本を読むという。聞くところによれば、最近はお風呂で読書することが流行で、水に平気な本や本を読むための特別なアイテムも販売されていると聞くどうしてトイレとお風呂は、ところで、心がやすまるのか。
そこに共通するのは、小さな空間であること、一人になれる空間であること、どちらも肌をあらわにしている空間であること、である。やはり、人間、狭さに胎内の記憶がよみがえるのかもしれないし、また、衣服を脱ぐ行為を通して心身の自由を取り戻しているのかもしれない。裸になってやっと、自然の自分を取り戻せる。しかも、誰にも見られることがないだけ、自由な場なのだろう。また、これが広々とした空間であれば、少し不安となるが、狭苦しさから得る安心感というものもあるのかもしれないのだトイレを書斎代わりに使うのは私の貧乏性のせいかと思いきや、同様な感想をお持ちの男性と時折出会う。書斎を取り上げられた男たちのひそかな抵抗なのかもしれない。

素人でも間取りをつくれるようになったわけ一番、落ち着くのがトイレと言ったが、子どものときの記憶はまったく違う。むしろ、トイレは怖くて一番いやなところだった。この怖かったトイレとは、伝統的なトイレのことだ。汲み取り式で、便座の下は深く暗い穴があいていた。子ども心に、なんだか吸い込まれそうで怖かった。周囲には誰もいないし、助けてもらえない恐怖もあった。夜中は周囲も真っ暗で、冬は冷たい風が吹き抜ける。
こうした怖いトイレは、必ず建物の一番端っこに設けられていたし、ときには、母屋から離れて設けられていた図53。室内では臭いが建物中に籠ってしまうし、そもそも、汲み取りができなかった。そのため、自然換気ができ、また、汲み取りにも便利なように端っこや離れとなっていたのだ
そうしたいわば、設置場所が限定されていたトイレが、室内に設けられるようになったのは、水洗トイレの出現のおかげである。
家族を相続されたことが分

ルネサンスの建築家
ルネサンスの建築家
建築様式をとりこみ
建築様式をとりこみ


家づくりの大切な要素

家づくりの大切な要素

体内からの汚物は瞬時に水の中に閉じ込められ、水でシャーッと流されるために、臭いの籠る間もなく、また、汲み取る必要もなくなって、どこにでも設けることが可能となったのだ。ちなみに、この水洗トイレの出現で、間取りは各部屋を自由に組み立てることが可能となったし、良し悪しは別にして素人の自在な間取りでもそのまま建てられるようになったのだ。
また、一昔前のトイレは、大便用と小便用とが別々に設けられるのが常だった。しかし、電車などに乗ったときのトイレは列車便器と呼ばれるもので、蹲踞の姿勢の便器が少し高いところに設けられ、大小便器を兼用していた。こうした大小便の兼用のトイレはわが国では昭和初期頃から出現する。私の知っているのは同潤会のアパートメントの便所。おそらく、住まいの面積をギリギリに詰めていったときに、二つの便器を一つで兼用することに思いいたったのであろう。
そんきょちなみに、戦前期に衛生陶器などを扱っていた須賀商会の須賀藤五郎は住宅設備改良の要点(『住宅』一九三一年一0月号)で、大·小便所を別々に設けることは「全く不経済な事であります」とし、両用便器なるものが発売されていることを紹介している。その具体的な姿は紹介されていないが、列車便器に似たものと思われる
男の空間の消失一方、洋式便器は、その使用時の姿勢は伝統的なものではなかったことや下水の普及がままならなかったこともあって、戦前はなかなか一般化しなかった。しかし、便座の位置が高くて両用に使えることもあって床面積の限界を追求していた戦後の極小住宅の中で普及することになる。こうした中で、わが国の伝統的な形式であった大·小便器の並んだ姿の中から急速に小便器は消え去ってしまった。

家族を相続されたこと

建築になっており家を見てください建築士やしかし最近、洋式の腰掛形式のものを男性が小便時に使用した後は、腰掛便器の周辺が汚れるということが盛んにいわれだした。そんなこと当たり前で掃除を欠かさずやればすむのだが、汚れを防ぐために、男性にも用便時は腰掛けろ!という意見を時折耳にする。
私としては、小便器を奪われたうえに、さらに、便器に座れ、という提案だけは断固拒否したいと思う。むしろ、機能性を求めるならば、小さくともいいから小便器の復活を望みたい。トイレの変遷は、どうも、男の空間の消失の過程のように思えるのだが、とりあえず、簡単に振り返ってみよう。

トイレのにおいをいかに消すか伝統的な汲み取り式で蹲踞の姿勢によるトイレの改良を世間に問いただした早い例の一つが一九一六『住宅』誌上で行なわれた懸賞問題「最も便利にして経済且衛生的なる改良便大正五年10月号の所の設計」であるここでは、日本のトイレの臭気がひどくて非衛生的であること、洋服の生活には蹲踞の形式は不便であることを理由にその改善を求めている。ただ、水洗式にするには下水道を完備する必要性が生じるなど、根本的な解決は都市のインフラ整備という大きな問題に波及する難問であることから、当面は、伝統的なトイレに手を加えることにより少しずつ改善していこうという呼びかけともいえる。
この懸賞問題の結果は、残念ながら発表されていない。おそらく、難しい問題であったことに加え、まだ、切実な問題とは認識されていなかったようにも思える。トイレの問題は、西欧化に伴う蹲踞の形式から腰掛式への改良という生活様式の問題と、衛生面での汲み取り式から水洗式への改良という二つの問題が潜んでいたのであるトイレに関して住宅専門雑誌『住宅』の記事をめくっていくと、在来のトイレの問題を具体的に取り上げた最初のひとつである水井三四郎の一九二四大正一三年一0月号の便所の改造に出会う。
水井は学生時代の下宿の部屋がトイレに近かったことから、夏はにおいで悩まされ、ついには引越ししたという経験を踏まえ、「今日までどっちかといへば虐待されていた老人室、婦人室、女中室、子供室それから便所がこれから構造上にも品質上にも向上せずばなるまい」と述べている。そして、当時の普通便所、特許大正便所、普通西洋便所の三つの図を用いて、三タイプのメリット·デメリットの紹介をしている図54、図55、図56
家族を相続されたことが分家族を相続されたこと

ひとりになれる最後の逃げ場

男たちのひそかな抵抗のっけからあまりきれいな話ではないが、住まいの中でどこが一番落ち着くかと聞かれれば、私の場合は、それはトイレ(便所)。トイレに入りながら新聞を読むことが、一番ホッとする行為なのだ。ただ家内からは、新聞を後から読む人の身にもなって!と、トイレへの持ち込みは固く禁じられている。
しょうがないので、新聞の代わりに本などを抱えて入るが、やはり、トイレには新聞がよく似合う。
一方、私はさすがにやらないが、同僚であった美術史の先生は、低血圧気味ということもあってお風呂で本を読むという。聞くところによれば、最近はお風呂で読書することが流行で、水に平気な本や本を読むための特別なアイテムも販売されていると聞くどうしてトイレとお風呂は、ところで、心がやすまるのか。
そこに共通するのは、小さな空間であること、一人になれる空間であること、どちらも肌をあらわにしている空間であること、である。やはり、人間、狭さに胎内の記憶がよみがえるのかもしれないし、また、衣服を脱ぐ行為を通して心身の自由を取り戻しているのかもしれない。裸になってやっと、自然の自分を取り戻せる。しかも、誰にも見られることがないだけ、自由な場なのだろう。また、これが広々とした空間であれば、少し不安となるが、狭苦しさから得る安心感というものもあるのかもしれないのだトイレを書斎代わりに使うのは私の貧乏性のせいかと思いきや、同様な感想をお持ちの男性と時折出会う。書斎を取り上げられた男たちのひそかな抵抗なのかもしれない。

素人でも間取りをつくれるようになったわけ一番、落ち着くのがトイレと言ったが、子どものときの記憶はまったく違う。むしろ、トイレは怖くて一番いやなところだった。この怖かったトイレとは、伝統的なトイレのことだ。汲み取り式で、便座の下は深く暗い穴があいていた。子ども心に、なんだか吸い込まれそうで怖かった。周囲には誰もいないし、助けてもらえない恐怖もあった。夜中は周囲も真っ暗で、冬は冷たい風が吹き抜ける。
こうした怖いトイレは、必ず建物の一番端っこに設けられていたし、ときには、母屋から離れて設けられていた図53。室内では臭いが建物中に籠ってしまうし、そもそも、汲み取りができなかった。そのため、自然換気ができ、また、汲み取りにも便利なように端っこや離れとなっていたのだ
そうしたいわば、設置場所が限定されていたトイレが、室内に設けられるようになったのは、水洗トイレの出現のおかげである。

建築は装飾された小屋の方がふさわしいという

体内からの汚物は瞬時に水の中に閉じ込められ、水でシャーッと流されるために、臭いの籠る間もなく、また、汲み取る必要もなくなって、どこにでも設けることが可能となったのだ。ちなみに、この水洗トイレの出現で、間取りは各部屋を自由に組み立てることが可能となったし、良し悪しは別にして素人の自在な間取りでもそのまま建てられるようになったのだ。
また、一昔前のトイレは、大便用と小便用とが別々に設けられるのが常だった。しかし、電車などに乗ったときのトイレは列車便器と呼ばれるもので、蹲踞の姿勢の便器が少し高いところに設けられ、大小便器を兼用していた。こうした大小便の兼用のトイレはわが国では昭和初期頃から出現する。私の知っているのは同潤会のアパートメントの便所。おそらく、住まいの面積をギリギリに詰めていったときに、二つの便器を一つで兼用することに思いいたったのであろう。
そんきょちなみに、戦前期に衛生陶器などを扱っていた須賀商会の須賀藤五郎は住宅設備改良の要点(『住宅』一九三一年一0月号)で、大·小便所を別々に設けることは「全く不経済な事であります」とし、両用便器なるものが発売されていることを紹介している。その具体的な姿は紹介されていないが、列車便器に似たものと思われる
男の空間の消失一方、洋式便器は、その使用時の姿勢は伝統的なものではなかったことや下水の普及がままならなかったこともあって、戦前はなかなか一般化しなかった。しかし、便座の位置が高くて両用に使えることもあって床面積の限界を追求していた戦後の極小住宅の中で普及することになる。こうした中で、わが国の伝統的な形式であった大·小便器の並んだ姿の中から急速に小便器は消え去ってしまった。
部屋の温度は高く


建築になっており家を見てください建築士や

建築は装飾された小屋の方がふさわしいというしかし最近、洋式の腰掛形式のものを男性が小便時に使用した後は、腰掛便器の周辺が汚れるということが盛んにいわれだした。そんなこと当たり前で掃除を欠かさずやればすむのだが、汚れを防ぐために、男性にも用便時は腰掛けろ!という意見を時折耳にする。
私としては、小便器を奪われたうえに、さらに、便器に座れ、という提案だけは断固拒否したいと思う。むしろ、機能性を求めるならば、小さくともいいから小便器の復活を望みたい。トイレの変遷は、どうも、男の空間の消失の過程のように思えるのだが、とりあえず、簡単に振り返ってみよう。

トイレのにおいをいかに消すか伝統的な汲み取り式で蹲踞の姿勢によるトイレの改良を世間に問いただした早い例の一つが一九一六『住宅』誌上で行なわれた懸賞問題「最も便利にして経済且衛生的なる改良便大正五年10月号の所の設計」であるここでは、日本のトイレの臭気がひどくて非衛生的であること、洋服の生活には蹲踞の形式は不便であることを理由にその改善を求めている。ただ、水洗式にするには下水道を完備する必要性が生じるなど、根本的な解決は都市のインフラ整備という大きな問題に波及する難問であることから、当面は、伝統的なトイレに手を加えることにより少しずつ改善していこうという呼びかけともいえる。
この懸賞問題の結果は、残念ながら発表されていない。おそらく、難しい問題であったことに加え、まだ、切実な問題とは認識されていなかったようにも思える。トイレの問題は、西欧化に伴う蹲踞の形式から腰掛式への改良という生活様式の問題と、衛生面での汲み取り式から水洗式への改良という二つの問題が潜んでいたのであるトイレに関して住宅専門雑誌『住宅』の記事をめくっていくと、在来のトイレの問題を具体的に取り上げた最初のひとつである水井三四郎の一九二四大正一三年一0月号の便所の改造に出会う。
水井は学生時代の下宿の部屋がトイレに近かったことから、夏はにおいで悩まされ、ついには引越ししたという経験を踏まえ、「今日までどっちかといへば虐待されていた老人室、婦人室、女中室、子供室それから便所がこれから構造上にも品質上にも向上せずばなるまい」と述べている。そして、当時の普通便所、特許大正便所、普通西洋便所の三つの図を用いて、三タイプのメリット·デメリットの紹介をしている図54、図55、図56