賃貸契約も同時に結ぶ必要があ

家族にとって工事日を設定しなおして

都会向の台所として考案された一等案を見ると、最初に目につくのが、10畳という広さ。現在の住まいでは考えられない。DKやLDKといった感じの広さだ(図30)。これが平民の台所となるわけだから、平民と言いつつも実質的には中流層の住まいを指していたことがわかる
さて、この台所の新しさは、まず土間がないこと、そして、すべての行為を立って行なうように計画されていることである。また、中央に煮炊きに使う七輪と、米びつや甕などの収納を兼ねた調理台を置いた、今風に言えば、アイランド型キッチンという配置をとっている。
かめこの形式の利点は、調理台を囲んで複数の人がスムーズに働けることであり、そこには使用人の存在が見え隠れすることになる。
この事を理解してもらう為に建築

家の大久保清さんの勧めで作

工事現場に足を運ぶようにしてください

それでも、隣の食事室との間には戸棚と膳立所があり、戸棚は腰からしは台所と食事室の両側から使え、また、膳立所の中央にはハッチが設けられ食器などを受け渡しすることができるように工夫されている。これは、料理の運搬などの合理化のためのアイデアで、使用人の労働を軽減するための工夫といえる私は、このハッチこそ、戦前期の台所の合理化の象徴的な設備であり、同時に、台所と食事の場の一体性を強く促したものであり、戦後に住宅がDKをスムーズに受け入れていくことになった重要な要因でもあったと考えている。このことは、後に改めて説明しよう。

一畳半の台所一九一五(大正四)年、上野公園で開かれていた家庭博覧会に出展された一畳半の台所の実物模型が、主婦たちの熱い視線を浴びていた(図31)。家庭博覧会は国民新聞社が創立二五周年を記念して実施した博覧会である。明治以降わが国に取り入れられた欧米の文物が、ようやく一般家庭にも影響を及ぼし始め、ついには、和洋の混在化という現象を引き起こしていた。


そこが面倒なところ住宅
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耐震性を高めれば古くても良い

施工レベルや提案レベルもバラバラこの家庭博覧会は、こうした和洋の混在した家庭生活の今後の行方を探る目的で行なわれた
この二畳半の台所の出展者は、入沢常子。入沢達吉東京帝大医学部教授夫人で、内助の功として家庭に籠る古いタイプの女性ではなく、積極的に社会活動を行なった新しい女性のひとりであった。入沢夫人の出展作品は、それまでの大きな台所の不便さを徹底的に合理化することをめざし、基本的には移動せずに、ただ手を伸ばすことですべての作業を行なえることを示した。同時に、それは今までの使用人を使う台所ではなく、主婦一人で賄える台所を意味していた。
まかな私はこれを使用人要らずの台所と称しているのだが、この案で注目したいのは、壁面収納の徹底化である。それは、台所の道具や器具というモノが溢れだし、そうしたモノの整理·分類法の理解が家政をつかさどる主婦たちの新しい教養として求められていたことを暗示しているように思える。

アメリカより先に応用されたシステム一方、一九一六年に常盤松女学校を創設した女子教育家三角錫子1872-1921は、これからの新しい住宅づくりのために動作経済という考え方を提案した。これは、入沢常子の一畳半の台所の提案などに見られる合理化の考え方を、一層徹底させた提案で、経済学と同様に人間の行なう動作にも経済と不経済という判断がなされるべきであるという考えに基づくものであった。
工事や取り付けるまでの準備工事を行う工務店建築は特に出会いつまり、台所の洗物の場、調理の場、煮炊きをする場、盛り付けをする場、食器の置き場、といった作業の場をどのように配置するかによって、調理作業の過程で歩く歩数が大いに異なることに着目し三角は歩数の少ないものこそ機能的な配置であり、合理的な台所と考えたのである。実際、三角は自邸の建設を当時の新進気鋭の住宅専門会社あめりか屋に依頼し、自説を反映させた住宅を建てたのであった三角がこうした考えに行き着いたのは、合理化に興味を抱いていたことはもちろんであるが、アメリカで開発されていた科学的管理法と称されたテーラー·システムに出会ったことによる。このシステムを取り入れたことにより成功した企業がアメリカのフォード社であることからもわかるように大量生産の時代において如何に合理的作業を従業員に課すのかが成功の鍵を握っていた。
このシステムを提案したテーラーは、作業の合理化·作業効率の個人差をなくすためには、徹底した分業化を推し進め、同じ行為を繰り返すことにより作業効率が高まると考えた。

住宅っていいよね

三角はこうした合理化を進める考え方を家事労働に応用したのだ。それが動作経済であったのである。アメリカでもこのテーラー·システムの考え方を家事労働に応用した提案があり、早いものとして一九一五年のマリーパッティソンの『家事工学の原理』が知られている。
それまで、れたことは、への応用が、機能性や合理化が叫ばれていたが、そうしたことを明快に判断できる独特の理論が提示さ一層合理性を追求させる機運を生み出したといえる。そして、テーラー·システムの家事アメリカや他の欧米諸国よりも早くわが国で提示されたことは驚くべきことといえる
台所と食テーブルをどう配置するかようやく話が間取りのところに辿り着いたようだ。最初に触れたように、台所はどちらかといえばきわめて大切な調理の場という役割を担っていたにもかかわらず、住まいでは黒子のような立ち回りが求められた。それゆえ、常に北側という薄暗い住環境としてはよくない裏方に設けられることが多かった。
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マンション内の人間関係が険悪化したため
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そうした位置が食事の場との関係からいろいろと問い直されたのである改めて、食堂との関係からその位置を見てみよう。たとえば、食事研究号という名称の特集号であった『住宅』一九一七(大正六)年三月号に、食堂と題する記事を寄せている東京高等工業学校現東京工大教授前田松韻は、欧米の住宅では食堂は客室と同様に重要で、その設け方の注意事項として「食堂に台所の臭気の来ることは最も注意して避けねばならぬ」ことを述べている。
また、同じく記事を寄せている桜井ちか子1855-1928も、においが食堂に入り込んでしまう問題があると述べつつ、では、間の問題が起こり、そのバランスが重要と指摘している。
前日同様に台所と食堂が近いと調理の離せばいいかといえば、料理を運ぶ手こうした記事に端的に見られるように、一九一0年代においても、基本的には食堂は客室と同様に客を通す場として重視されていたことがわかる。

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